2002年05月13日(月) 「神へのいけにえは、砕かれたたましい。砕かれた、悔いた心。神よ。あなたはそれをさげすまれません」(詩篇51:17)
「神へのいけにえは、砕かれたたましい。砕かれた、悔いた心。神よ。あなたはそれをさげすまれません」(詩篇51:17)
放蕩息子のたとえ話で、弟息子は、 父親から相続財産を貰い、家を出た。 あなたがこの父親だったらどうだろう。 財産を渡し息子の思いのままに歩ませる だろうか。この父親は何もかもわかって いた上で敢えて行かせた。 不本意であり悲しみもあっただろうが困 難、苦難を通り、息子が悔い改めに導か れる事を願いつつ送りだした。 神も同様だ。神はイスラエルの民に対し て罪の結果を警告していたが、選択は彼 らに委ねられた。民は不従順を選び、罪 から来る重大な事態に陥った。 しかし、神は究極的にはそれらからも益 をもたらされる。あなたは神を悲しませ るような選択をして苦しんでいるか。 悔い改めて神のもとへ帰れ。その結果す らもあなたの益の為に用いられる。 神へ帰る道は砕かれた心から来る。