2018年10月12日(金) 「この水を飲む者はだれでも、また渇きます」ヨハネ4:13
「この水を飲む者はだれでも、また渇きます」ヨハネ4:13
サマリヤの女性は、昼の暑いカンカン照りの最中に、井戸に水を汲 みに来た。普通は、しない事だ。女性たちは涼しくなった夕方に生 活用水を汲みに来た。又、それは井戸端会議を楽しむためでもあっ た。しかし彼女は、人と会いたくないために、昼間に来た。人を避 けての行動だった。 主は、そんな彼女の何もかもを知っておられた。井戸の所で、主の 方から話しかけられた。ユダヤ人とサマリヤ人は敵対関係で、敵同 士の間柄だ。その中、声をかけた男性が不思議な事を言った。生け る水を与える事ができ、その水を飲むなら渇く事なく、永遠の命へ の水が湧き上がると。 彼女はよく意味がわからず、井戸水の事かと思い、もう汲む必要が ないなら、その水を欲しいと言った。すると「あなたの夫を呼べ」 と言われた。一見、会話がつながらない。井戸水と夫と、どう関係 があるのか。不思議な言葉だ。しかし実は彼女は5回結婚し、5回 離婚し、今は結婚でなく同棲していた。 その彼女の決して誰にも触れられたくない、核心部分をストレート に突かれた。人は、愛する人、富、名誉、地位、仕事・・この世の 「水」で心を満たそうとする。しかしそこに決して満たしはない。 彼女は男性が自分を満たしてくれると、求めた。だから何度も結婚 と離婚を繰り返した。 だがそこに満たしはなく、救いはなかった。主はその罪を示し、悔 い改めに導き、彼女を真の喜びと満足へと導かれた。私たちにとっ て、「あなたの夫」とは何だろう。何に依存しているのだろう。そ こを対処し、真の喜びが湧き上がるように導いて下さる。 ------------ 内側から溢れてくる喜びは信仰により主からくる喜びだ。渇くこと がない。もし渇いているなら主に求めよう。「わたしのもとに来て 飲みなさい」と言われる主に求めよう。