2024年05月13日(月)

「侍従で・・神の人に答えて言った。『たとい、主が天に窓を作られ るにしても、そんなことがあるだろうか。』」U列王7:2


当時、非常に深刻な飢饉で、人々は餓死していた。食べ物が全く無
い中、エリシャが「明日、小麦や大麦が溢れるばかりにある」と言
うと、それを聞いた侍従は、「主が天に窓を作られたとしても、そ
んな事があるだろうか。」と言った。主にも不可能で、有り得ない
と。するとエリシャが「あなたはそれを見るが、食べられない」と
預言した。

そんな時、サマリヤの門に4人のらい病人がいた。町はひどい飢饉
でどうせ死ぬ、それなら殺されるかもしれないが、敵の陣営へ入ろ
うと。もしや食糧があるかも知れない。それでアラム陣営へ行く
と、主がアラムに大軍勢の騒ぎを聞かせられた。彼らは急襲だと思
い、驚き恐れ、陣営を置き去りにし、一目散に逃げ出した。

そこに入ると、山ほどの金銀、食糧があった。一歩踏み出した時
に、驚くべき祝福を得た。彼らは王家に知らせたが、王は信じなか
った。が、偵察の者により事実を知った。主の言葉は見事に実現し
たのだ。すると大勢の人々が我先にと殺到し、その侍従は門で、群
衆に踏みつけられ死んだ。

実際、主は、溢れるばかりの食糧を用意された。しかしそれを信じ
なければ、受け取れず、自分のものにならない。溢れる食糧がある
にかかわらず、餓死する事になる。私たちも同様だ。十字架の救
い、神の愛、恵み、罪の赦し、義とされる事・・、溢れる恵みの食糧
の中にいる。

しかし信じなければ、餓死してしまうように、溢れる恵みの中で、
不信仰でいないだろうか。それなら自分のものにならない。莫大な
食糧が目の前に置かれている。信じて、有難く受け取ろう。大きな
溢れる恵みにあずかろう。
------------
溢れるばかりの恵みは既に備えられているのに、恵みをください
と求め祈っているのかも知れない。踏み出して受け取りに行きた
い。信仰を持って従おう。