2026年02月10日(火)

「イエスは、『来なさい。』と言われた」マタイ14:29



嵐吹きすさぶ中、湖上を歩いて来られた主に、ペテロが「私に水の
上を歩いてここまで来いと、お命じになって下さい」と願った。主
の言葉があれば、水の上を歩けると信じた。ペテロの信仰だ。する
と主は「来なさい」と。主の言葉を頂いたペテロは、舟から出て水
の上を歩き出した。通常はあり得ない事で、不可能だ。

しかしペテロは歩いた。なぜ歩けたのか。それは、「来なさい」と
の主の言葉だった。その主の言葉に従うと、歩く事ができた。もし
主の言葉が無ければ、ペテロは、沈んだろう。主の言葉と、ペテロ
の信仰による従順が一つになった時に、奇跡が起きた。私たちも、
信仰人生は、この世で水の上を歩くようなものだ。そんな私たちの、
確固たる基盤は、主の言葉だ。

私たちは御言葉によって生きている。主からの言葉に従って行く時、
どんな困難な中も、前進して行ける。逆に前進しないなら、主のみ
わざにあずかれず、主を知るという、祝福も経験できない。ペテロ
は、主から目を離した途端、恐くなり沈みかけた。しかし水上を確
かに歩いた。主以外の誰もした事の無いことだ。そして即座の主の
助けも経験した。

恐怖の中、「主よ!」の叫びに「すぐに」手をつかまれた。これら
は、舟の中にいた弟子たちには、経験できない事だった。私たちも、
信仰人生で、奇跡のわざをして下さる時、信仰を働かせなければ、
踏み出せない「水上歩行」を与えられる。あなたも、今、そんな時
だろうか。
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奇跡のような輝やかしい日々でなくても、主の御言葉に立てば、い
つも喜び、祈り全てのことに感謝できる。信仰はいつも従順へと導
かれる。主に従いたい。