2011年02月09日(水)

「兄弟愛をもって心から互いに愛し合い、尊敬をもって互いに人を自分よりまさっていると思いなさい」ローマ12:10


神は、私たち一人一人をそれぞれ使命と目的を与えて創造された。同じ指紋が一つも無いように、同じ人間は一人もいない。だから、比較することが出来ない。比較が不可能なのだ。私たちが霊的にダウンする原因は、多くが他者との比較から来ている。誰かと比較し、自分の方が優っていれば、優越感に浸り、自己満足
する。しかし、高慢に陥っている。そして、相手より劣っていれば、劣等感に落ち込む。恐れ、不安から、ストレスを引き起こし、心が沈み、暗くなる。

優越感と劣等感を行ったり来たりする。他者と比較しなければ済む事なのだが、どうしても比較してしまう。その苦しみから解放されるためには、まず自分の内にあるものを、ごまかさず、隠さず、逃げずにしっかり見て行く事が大切だ。
それが紛れもなく自分ですと、自分の惨めな姿を認めて行く時、癒し主が、癒して下さる。

しかし、古い人は強く、肉は邪魔をし、余りにも惨めで、自分の姿を認める事ができない。プライドが許さない。しかし、惨めで、哀れで、裸である自分の姿を正直に告白する時、主は癒して、解き放って下さる。癒された自分は、ありのままの自分を受け止める事ができる。そして、他者と競争するのでなく、張り合う
のでなく、へりくだって、仕えて行く事ができる。他者を愛して行ける。自分の本当の姿に向き合う事から、御霊による解放が始まる。
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自分のうちに何も良いものがないことを認め、自分以上の者であろうとする時に気づけ謙遜になれますように。自分の経験や知識を誰よりも優先しようとする時、御霊に耳を傾けることが出来ますように。