2011年12月10日(土)

「そこで、ナアマンは・・神の人の言ったとおりに、ヨルダン川に七たび身を浸し た。すると、彼のからだは元どおりになって・・」U列王5:14


アラムの将軍ナアマンは、名誉も地位も人々からの尊敬も得ていたが、深い苦悩
があった。らい病に冒されていた。妻の侍女から預言者エリシャの事を聞き、藁
にもすがる思いで、エリシャを訪ねる。すると、エリシャは、会う事もせず、使
者にヨルダン川で7回、身を洗うようにと伝えさせた。

ナアマンはひどくプライドを傷つけられた。将軍自らが訪ねているのに、会う事
もせず、軽く扱われた事に。ましてやヨルダン川で身を洗えなどとプライドが許
さない。癒しの荘厳な儀式を思い描いていたのか、怒って帰途についた。

自分の思う方法で、事が運ばれるべき、神が答えるべきとの思いだ。自分の思い
通りでなければ不満で、神をも従わせようとする。しかし、そこでナアマンはし
もべの進言を受けた。難しい事を言われたなら、プライドが保てたが、余りにも
簡単で、汚い川で、人目にさらされる状況に耐えられないと。

ナアマンはしもべの言う事に、耳を傾けた。それは、神視点へと向いて行った。
プライドを捨てて、自分の思いも置いて、エリシャの言葉に従った。すると、完
全に癒された。癒しを受け取るために、プライドと自分の思いが邪魔をした。私
たちもどうだろう。今、プライドと自分の考えに固執していないだろうか。大き
な祝福を逃してしまう。へりくだって、従う時、みわざを見る。

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御言葉に従うことは、へりくだることだ。へりくだり無しに御言葉に従えない。
その通りに行なったナアマンは癒された。御言葉と同時に、自分の思い、経験、
プライドが忍び寄り、従う事を妨げる。へりくだって従う時、大きなわざを見る。