2013年09月10日(火)

「そこで、イスラエル人は海の真ん中のかわいた地を、進んで行った。水は彼らのために右と左で壁となった」出エジプト14:22

                          
    
モーセとイスラエルの民は、絶体絶命の窮地に追い込まれた。エジプトの戦車の大軍が後ろから追跡してきて、前は紅海の断崖絶壁だ。どうすれば良いのか。進む事も、戻る事もできない。まさに絶体絶命だ。ここで全員、命を落としてしまうのか。あなたもこんな窮地に陥った事があるだろうか。

ある婦人は異国の地で、女手一つで子供を育てていた。車が故障し動かない。現地では車無くして生活不可能だ。お金が無かった。途方に暮れ、なすすべなく、涙が溢れ泣いていた。泣きながら主に祈った。すると丁度その時、その車種が欠陥品である事が判明し、大手メーカーから無料修理の大々的呼びかけがあった。車は修理されて戻された。主のみわざであり、何よりも主が共におられる事に、喜びが満ちた。

ある時は、突如、家主の事情で、1ケ月先に家を出るよう言い渡された。当ても全くなく、突然真っ暗闇に放り出されたような、大きな不安と恐れに襲われ、声を上げて大泣きした。主にすがり、祈り続けていると、クリスチャン老夫妻からの申し出があった。一緒に住んで助けてもらえないかと。祈り、主の導きを確信できた。そこは教会のすぐ近くであり、すべてが備えられ、主の山の上に備えありを経験した。

私たちも、行き止まりに見える事があるが、全能の主は、道の無い所に、道を造られる。主によって造られた道を歩んで行ける。何という喜びであり、感謝な歩みだろう。
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大きな問題に出会うともう駄目だと神様が飛んでしまう。代わりに不安がどっと押し寄せる。神様を見上げよう。窮地も神様の許しの中だ。海に道を備えられた方が私達にも脱出の道を用意しておられる。落ち着いて救いを待とう。