2017年01月12日(木)

「主は私のたましいを生き返らせ、御名のために、私を義の道に導かれます」詩篇23:3


ある人が、導かれて主の働きにあずかった。ジュニアクラスを任さ
れて、担当した。祈りつつ一生懸命に準備し、労した。だが日が経
つにつれ、壁にぶち当たってしまった。思春期の子供たちは難しく、
反抗的な子たちも、又、無気力な子たちもいて、どう対応して良い
かわからなかった。

彼らを何とか導きたいと思うのだが、かみ合わず、空回りするばか
りだった。あの手、この手と試してみるが、どうやってもうまく行
かず、落ち込むばかりだった。辛くて、自分はだめだと、心は重く
ふさがれ、どうにもできず、決心して主の御前に祈ろうとした。自
分の気持ち、思いの、何もかもを吐き出して、祈った。

子供たちは全く変わらず、反抗的で、対応ができないこと、自分の
無力感、自分は向いていないのではないか、導きは間違いだったの
では、思いのたけを主に告げた。そして静まっていた時に、「わた
しがあなたを選び、あなたを任命したのです」「それはあなたが行
って実を結び」「その実が残る・・」の御言葉が心に迫って来た。

自分はだめだとの思いに打ちひしがれていたが、主が選び、任命し
たと。そして必ず実を結び、実が残ると。自分が、自分が、と自分
の力で頑張っていた姿を見せられた。そうではなく、自分でなく、
主がされる、との信仰が与えられた。心が軽くなり、心新たに、主
と共に働きにあずかって行く者とされた。とにかく主のもとへ行こ
う。主は必ず導いて下さる。
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羊のように目の前の草しか見えず自分の思い込みから出られない者
だが、主は義の道に導き返してくださる。自分の中で答えを求める
のではなくすべてを祈りにしよう。ふさがった心が生き返る。