2019年09月11日(水)

「彼はタルシシュ行きの船を見つけ・・それに乗り、主の御顔を避けて・・タルシシュへ行こうとした」ヨナ1:3




ヨナは、主からニネベへ行くよう命じられた。だが敵国の異邦人で
あり残虐なアッシリヤの首都ニネベに行きたくない。するとそこに
丁度反対方向のタルシシュ行きの船があった。それこそ渡りに船で
それに乗った。私たちも時々経験する。御心に従いたくなくて、ぐ
ずぐずしている時、そこに都合良く、反対方向の船があるものだ。

ヨナは、その反対方向の船に乗った。私達も信仰人生で経験する。
ある人は宣教師になるよう、導かれているとわかった。しかしぐず
ぐずと決心できず、悶々状態だった。するとその時に別の船が来た
のだ。大変な高給と地位を約束された仕事のオファーが来た。又、
それが自分の才能を生かせる仕事で魅力的だった。

結局、その仕事を受けた。しかし高給なだけあって、仕事は高度で
ハードで、残業も多く、主のための時間も労力も無く、主から離れ
てしまった。子供の事故の事で、我に返り、神に立ち返る事が出来
た。御心がわかったが、ちゅうちょしている時、丁度そこに「高給
と地位」という船があった。それに乗り込んでしまい、御心からそ
れてしまった。しかしあわれみ豊かな神は、尚も主のもとに導き返
して下さった。

人生の大きな進路だけでなく、日々の小さな事柄の中に、御心から
逃げたいと思う時、丁度そこに反対方向行きの船があるものだ。そ
れに乗りたい誘惑にかられる。まさにサタンが、反対向きの船を用
意している事を覚え、御心の方に従おう。測り知れない、大きな祝
福が待っている。
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目の前に来れば反対方向の船でも御心と思えてしまう。いろいろと
理由をつけては主の導きを避けてしまう者だが、従えない思い、逃
げたい思いをそのまま祈っていこう。