2022年05月12日(木) 「さあ、私たちに先だって行く神を造ってください・・モーセとい う者が、どうなったのかわたしたちにはわからないから」 出エジプト32:1
「さあ、私たちに先だって行く神を造ってください・・モーセとい う者が、どうなったのかわたしたちにはわからないから」 出エジプト32:1
モーセが主との会見でシナイ山に上っている間の事だった。、モー セは不在、主から迷い出てしまった民は、アロンに偶像の神を造る ように頼んだ。彼らは周囲の国々の民と同じように、目に見える偶 像を求めた。人は目に見えない神よりも、肉眼で見える、形のある 神を求めてしまう。 それは木や石や金で造ったいわゆる像の神だけではなく、金銭、仕 事、趣味、人であったりする。名誉や地位、人からの賞賛が偶像に もなる。目に見えない神を頼れないので、確かな手応えのある、目 に見えるものを求める。 アロンは、モーセを助けるためにそこに置かれた。だから、モーセ 不在中の出来事に際し、主から力を受け、民を指導し、治めるべき であった。それが逆に民の言いなりになってしまった。アロンは鋳 物の子牛の像を造り、彼らは「これがあなたをエジプトの地から連 れ上ったあなたの神だ」と言い、礼拝した。 主はモーセに「すぐ降りて行け。民が堕落してしまったから」と。 神の栄光を現すべき聖なる民が、神でないものを崇め、礼拝する、 神を辱めてしまう。私たちも、目に見える像を拝む事は無いが、心 の奥で、神よりも大切にしているものはどうだろう。 神よりも愛し、神よりも信頼しているもの、それが偶像だ。「この むさぼりが、そのまま偶像礼拝なのです」と、偶像礼拝は、心の欲 望、貪欲にあると。又、心の奥の空洞を埋めたくて、偶像に走る。 主ご自身こそが、私たちの心を真に満ち足らわせて下さるお方だ。 主ご自身を求めよう。 -------------- 主、以上に自分が信頼を寄せているものは何だろうか。貪欲に求 め、 一番頼りにしているものに気づかせてもらおう。それを主に渡せる ように祈りたい。