2024年02月10日(土)

「ですから、あなたがたは、神の力強い御手の下にへりく だりなさい。神が、ちょうど良い時に、あなたがたを高く してくださるためです。」Tペテロ5:6



平安が無く、心重く過ごす時間があるだろうか。何だかぎ
くしゃくし、イライラピリピリし、心が騒ぎ、荒れている
時、主の力強い御手の下から出て、自分の力と自分の思い
で、肉で歩んでいる。高慢になってしまっている。自分の
思いで進もうとし、思うようにならないので、あちこちあ
つれきが生じる。不満がたまる。

御霊の気づきが与えられ、主の御前にへりくだる時、軌道
修正され、心に平安が戻る。日常生活でしばしば経験する。
水が低い方、低い方へ流れるように、主の恵みは、御前に
へりくだる人に、溢れるばかりに流れて行く。高ぶった途
端に恵みがストップする。

水は高い方へは流れない。高ぶりに気づく度に、悔い改め
へりくだろう。山歩きに原則があると聞く。それは山で道
に迷ったなら、迷った地点に引き返す事だと。なかなか、
それが出来ない。何とかなると思い歩き回り、更に迷う。
又、引き返すのは面倒と、先に進み、方向を見失い、死に
至ってしまう。

霊的生活も同様だ。そのまま行かずに、立ち止まり、へりく
だる事だ。へりくだりは、肉が一番嫌い、したく無い事だ。
それは、神と人への謝罪であり、「ごめんなさい」だ。プラ
イドは、その一点だけは何としても回避したい。それ以外な
らどんな事でもする。

しかし、主が求められるのがその一点だ。今、へりくだる事
を示されているだろうか。御霊の示される事を認め、主と人
の前にへりくだろう。そうできるよう祈ろう。必ず豊かな祝
福を経験する。

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平安が失せる時、むくむくと自我が出ている。思い通りにな
らない不満でイラ立つ。又、自分で動き回る。肉で歩むと失
敗し、主に頼っていない事に気づかされる。悔い改める時、
平安が戻る。頼るように〃と導いて下さっている。