2008年08月02日(土)

「私のたましいは黙って、ただ神を待ち望む。私の救いは神から来る」詩篇62:1   

      

信仰生活を歩み始めると、信仰人生、
自分の思い通りにはならない、という
事がわかってくる。神の思いと自分の
思いが違うのだ。自分の思いとしては、
これが最善!と思うが、そのように事
は運ばない。神の思いは違う。そして
振り返る時、自分の思い通りにならな
くて良かった!と必ず思える。あのま
ま進んでいたならどんなに恐ろしい高
慢に陥っていただろうと。しかし、今、
目の前の事が思い通りにならないと、
やっぱり同じように焦りや不安で一杯
になる。神の方法と神の時がある事を
覚えよう。絶妙のタイミングで神は事
をされる。神の定めた「時」がある。
それ以前に幾らもがいてもどうにもな
らない。それより安んじて待とう。人
は先が全く見えない。目先の事しかわ
からない。神は何もかも見通しておら
れる。その神を信頼しよう。又、人は
自己中心というメガネをかけているの
で、物事が歪んで見える。自分中心に
しか見えないので、最悪にしか見えな
い。が、実は神の素晴らしいご計画だ。
何もかもが、ぐちゃぐちゃにしか見え
ないが、実は神のご計画は着々と進行
している。ヤコブは「私も失う時には
失うのだ」とヨセフもシメオンもベニ
ヤミンも失ったかに見えた。しかし実
際は何も失っておらず、ヨセフと再会、
飢饉から一族は命を救われ、家族皆で
暮らせるという最高の幸せが伏せられ
ていた。どうれであれ、自分自身にと
っての最善をして下さる。神を信じて
いよう。
・・・・・・・
すべてに「神の時」がある。それ以前
にどうあがいて焦っても、何一つ動か
ない。神の時には、門が開きひとりで
に事が進んで行く。全主権は神にある。
神のご愛を信じて、待っていよう。