2026年05月10日(日) 「彼らは、わたしが彼らの神、主であり、彼らの間に 住むために、彼らをエジプトの地から連れ出した者 であることを知るようになる」出エジプト記29:46
「彼らは、わたしが彼らの神、主であり、彼らの間に 住むために、彼らをエジプトの地から連れ出した者 であることを知るようになる」出エジプト記29:46
出エジプト記は、新王が、民を苦しめるところから始 まる。民は過酷な労働にうめき、叫び、その叫びは 神に届き、エジプト脱出となる。最後は「主の栄光が 幕屋に満ちた」となる。その中で、主は幕屋を作るよ うに命じ、「わたしのために聖所を造るなら、わたしは 彼らの中に住む」と。 アロンとその子たちを祭司に任命し、聖別し、その所 で、罪のための全焼のいけにえを献げさせるためだっ た。律法を与えると同時に、その示す罪への解決、罪 のための贖いを備えられた。幕屋は、神が彼らの間に 住むために与えられた。神が、民の間に住むことが、 エジプトから出された目的だと。 「彼らは、わたしが彼らの神、主であり、彼らの間に住 むために、彼らをエジプトの地から連れ出した者・・わ たしは彼らの神、主である」と。脱出させたのは、主が 民と共に住むためだった。「ことばは人となって、私た ちの間に住まわれた」そして「この方の栄光を見た」と。 「わたしにとどまれ。わたしも、あなたがたの中にとど まる」、「わたしはぶどうの木で、あなたがたは枝」と。 「とどまる」=「住む」、主と一つであると。そして将来 の最終的、新天新地で「見よ。神の幕屋が人とともに ある。神は彼らとともに住み、彼らはその民となる」と。 奴隷であった民、罪の奴隷であった私たちが救出され、 主が共に住まわれる。何という大きな光栄、喜びだろう。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 私たちを、世から救い出して下さったのは、主が私た ちと共に住むためであること、主と一つとして下さる ため。何という喜び、何という驚くべき光栄だろう。