2025年08月28日(木) 「するとただちに、サウロの目からうろこのような物が落ちて、目が 見えるようになった」使徒9:1
「するとただちに、サウロの目からうろこのような物が落ちて、目が 見えるようになった」使徒9:1
「するとただちに、サウロの目からうろこのような物が落ちて、目が 見えるようになった」使徒9:18 当時、激しい迫害で、クリスチャンはエルサレムを離れ、方々に散 った。ユダヤ人たちは執ように、彼らを追跡した。中でも、サウロは 強い殺害の意に燃え、大祭司に諸会堂宛の手紙を頼み、見つけ次 第に捕縛する権限を得た。すべての信者を捕らえるためであった。 だがその途上で、突然天からの光を受け、主に出会い、目が見えな くなる。 信徒アナニヤが、ダマスコに住んでいた。激しい迫害の危機に、真 剣に祈っていた。その時に「アナニヤよ」と主の御声が臨んだ。どん なに心強かったろう。しかし、それは驚くべきものだった。迫害者サ ウロに会いに行き、彼の目が見えるよう祈れと。アナニヤは驚き、 どういう事か理解できず、彼はひどい迫害者で・・と問うて行く。 するとサウロは、異邦人たちに宣教する選びの器だと告げられる。 アナニヤはどんな思いだったろう。多くの愛する同胞を殺害した相 手だ。それを助けるために、祈るなどと。それに、あのサウロが本当 に回心したのか?そんな事があるのか?即、殺されるのでは。だい たい本当にこれは主の御声なのか?だが、アナニヤは主との深い 交わりに生きて、従い続けて来た人物だ。 間違いなく親しく知る主の御声だ。アナニヤは献げて従った。主は アナニヤをこのために選ばれ、彼が従う事を知っておられた。そして アナニヤは、主の尊いみわざのために用いられた。私たちも主に呼 ばれた時は、「主よ、ここにおります」と応えて行こう。 ・・・・・・・・・・・・・・ サウロの目が見えるために、主は、アナニヤを選ばれ、用いられた。 アナニヤには大きな試みだった。しかしアナニヤは従って、素晴らし い主の栄光を拝した。主に、用いられる事は光栄な事だ。従えるよう 祈ろう。用いて下さる。