2000年12月28日(木)

『あなたがたも、自分の子がパンを下さいという時に、だれが石を与えるでしょう。』(マタイ7:9)

 息子がパンや魚を求めたときに、愛のある親なら石や蛇を与えたりしない。
主の弟子達が求める時、神は喜んで良い物を与えて下さる。
主は、天の父が弟子達の霊的な必要を満たして下さることに信頼して欲しかったのだ。
ところが時々、主がパンの代わりに石を与えて下さっているように思える事がある。しかし実際は私達が求めたよりも遥かに良い物を与えて下さっている。こんな詩がある。
「大事をなそうとして力を与えて欲しいと神に求めたのに慎み深く従順であるようにと弱さを授かった。より偉大な事ができるように健康を求めたのに、より良き事ができるようにと病弱を与えられた。幸せになろうとして富を求めたのに賢明であるようにと貧困を授かった。世の人々の賞賛を得ようとして権力を求めたのに、神の目にひざまづくように、弱さを授かった。求めたものは一つとして与えられなかったが願い全て聞き届けられた」