2010年09月28日(火)

「すべての世にあるもの、すなわち、肉の欲、目の欲、暮らし向きの自慢などは、御父を愛する愛はありません」Tヨハネ2:16


「肉の欲」とは、自分の必要を、神によってではなく、自分の力で自分の手で満たそうとする誘惑だ。神はどう思っておられるのかという、神のお心を求めるのでなく、神に関係なく、これがどうしても欲しい、どうあっても手に入れたいという欲望だ。自分の思い通りに生きるので、手に入れないと満足できない。

荒野で、主は悪魔から誘惑を受けられた。40日の断食の後、瀬戸際のギリギリの空腹の中で、自分で石をパンに変えて食べよというものだ。御父のお心はどうかでなく、御父から離れて、自分で行動して、自分で必要を満たせとの誘惑だ。神の御心から離れて、自分の欲望充足第一だ。

又、悪魔は私達の足らない部分に目を向けさせる。祈っても無駄であり、祈っていないで、自分で不足を満たせばよいのだと。祈ってなどまどろっこしい、自分ですれば、すぐに済むとの誘惑だ。あなたにも来るだろうか。問題は、誘惑を受けていて気づかない事だ。

どうしても欲しい、強い欲望にはくれぐれも要注意だ。そこにサタンが誘惑して来る。欲望が強い時には、欲望を満たしたいばかりで、サタンにも気づかない。サタンは私たちの欲望に働いて、神に従う事を妨げ、御心と真逆の方向へ向かわせる。その願望を一旦、神に明け渡すなら、安全に正しく導かれる。
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今、欲しがっているもの、やりたがっている事は自分を崇めて、肉を満足させて行くものなのだろうか。弱く肉に引き込まれやすい者なのだから、その思いを全て神様に一旦、渡そう。神様がその思いを聖めて、また与えて下さる。