2011年04月28日(木)

「しかし、みこころは一つである。だれがそれを翻すことができようか。神はみこころの欲するところを行われる」ヨブ23:13


ヨブは、10人の子供たちを失い、家財や家畜、しもべたち、すべての財産を失った。次にヨブ自身も、全身を悪性の腫物でおおわれ、極度の苦しみに会った。しかし、ヨブは、神が、ご自身が欲する事だけをされ、誰もそれを翻すことができないと信じていた。

神の欲するところは、しばしば私たちの思うところと大きく異なる。ある時は理解できず、納得が行かない事もある。神は、私たちがたとえ理解できなくても、従って行く者と訓練されるために、理解を越えた事態を送られる。「前へ進んでも、神はおられず、後ろに行っても神を認める事ができない」右に行っても左に行っても神がおられないと。

余りにも深い試練の中で、時に、どうしてこんな事がと、神がおられ、神は愛なのかと、思ってしまう。そのような状況の中で、「神は最善をされる」「神にはご計画がある」「益とされる」「希望がある」と尚も信じ従う者と変えられて行く。疑いや不安、恐れや思い煩いに襲われるだろう。サタンの火矢が飛び交う。

「しかし、神は、私の行く道を知っておられる」と信じることができる。神のみこころは一つであり、いかなる場合も神の御心だけが成る。自分の思い通りにならない時、願いと相反する時こそ、信仰が試され、練られ、成長へと導かれる時だ。
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思い通りにならない時に感謝できますように。この世の喜びも、悲しみも長くは続かないのは幸いだ。主の御心だけが成り揺るがない喜びを与えてくれるとの希望が持ってるから。