2011年08月29日(月)

「主は私がお願いしたとおり、私の願いをかなえてくださいました・・私もまた、この子を主にお渡しいたします」Tサムエル1:27


不妊のハンナの悩み、苦しみは深かった。主の前で、激しく泣き、長く祈り、その祈りはうめきとなった。祭司エリには、彼女が酔っているように見えた。しかし、ハンナはつのる憂いといら立ちで、主に心を注ぎ出していた。私たちも、余りの苦しみに、痛みに、何をどう祈ればよいかもわからない時がある。神にその心をそのまま注ぎ出せば良い。どう祈ってよいかわからない、その祈りを御霊が助けて下さる。

もし男の子が与えられるなら、主に献げると誓願を立てた。つまり、ハンナは自分自身を主に明け渡した。私たちは、主にあれが欲しいこれが欲しいと要求し、願うが、自分の大切なものは握りしめて、決して主に献げる事はしない。自分の思い、プラン、自分に属するもの・・そうであれば、神の御心を知る事ができない。ハンナは、何もかもを主に委ねた。自分の持てるものも、思い煩いも、将来も、自分の思いもすべてを明け渡した。

その時、エリから「安心して行きなさい・・神があなたの願ったその願いをかなえて下さるように」との言葉を受けた。その結果、ハンナは帰って食事ができた。「彼女の顔は、もはや以前のようではなかった」ハンナは、心すっきりし、すでに得たりの平安が与えられた。私たちも主に気持ちを訴え、聞いて頂こう。御霊が共に祈って下さる。そして、思い煩いを、自分自身を明け渡そう。
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問題が起きるとそれがなくなることだけを求めてしまう。解決を手にしてもまた次ぎの問題は来る。悶々と思い煩っている自分自身を主に丸ごと渡していこう。主の解決だけを待ち望む自分に変えられたい。