2012年11月28日(水)

「『まず行って、私の父を葬ることを許してください』・・『死人たちに彼らの死人たちを葬らせなさい・・』」ルカ9:59


この人は、主に「わたしについて来なさい」と言われた時に、「まず、父を葬ることを許して下さい」と答えた。今、葬儀を出すという意味でなく、いつか将来、父親を看取り、葬儀を出したあかつきには、主に従うということだ。従うには従うが、優先順位の問題で、こちらの方を優先したい。従うことの無期延期のようだ。すると主は「死人たちに、死人たちを葬らせよ」と答えられた。

死人たちというのは、霊的に死んでいる人々で、未信者の人々にでもできることは、彼らに任せなさい。しかし、私たちにしかできない事がある。「イエスは、エルサレムに行こうとして御顔をまっすぐに向けられ」主は十字架を見据えられ、エルサレムへの旅が始まり、神の国を宣べ伝える事が急務となっていた。「手を鋤につけてから、後ろを見る者は、神の国にふさわしくない」。

二頭の牛に鋤を引かせ、畑を耕すのに、真っ直ぐに耕すには前を向いている必要がある。後ろを見るなら、くねくね曲がってしまい後ろを見る農夫などいない。主のために生きようとしながら、古いものに、しがらみに縛られ、足を引っ張られていないだろうか。主が第二、第三、最後になっていないか。主を第一にしてこそ、周囲の人々も救いを得る。主を第一にするためには、日々御霊に導かれ、主の愛に触れ、心が平安と喜びに満たされることだ。そこが一番大切だ。
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周囲は圧倒的に未信者で、ともすれば漠然と信仰生活を送ってしまう。前進を妨げる後ろのものを振り返らず、日々主を知っている者として主を証していきたい。