2013年03月29日(金)

「祭壇の上に供え物をささげようとしているとき、もし兄弟にうらまれていることをそこで思い出したなら・・まずあなたの兄弟と仲直りをしなさい」マタイ5:23 


ある人が、対人関係において失敗した。不用意な言葉で、友人を傷つけてしまった。周囲にも嫌な思いをさせ、それは自我から出た事であり、自らが引き起こした罪だった。御霊により、自らの罪を認めて、相手に謝罪するよう示された。自分の愚かさを認める事、そして謝る事はプライドが傷つく恥ずかしい事であり、絶対にしたくない事であった。

しかし、それは紛れもなく自らの罪であり、傷つけた相手、嫌な思いをさせた一人一人に謝る決心をした。赦してもらえなくても、仕方の無い事だ。しかし、勇気を出して謝罪した時、当の相手は、快く赦してくれた。他の人々も同様だった。その時、赦される事の喜びと平安を経験し、心が満ち満ちた。

この御言葉によると、「兄弟に恨まれる」事について言っている。自分が恨んでいるのではない。相手が恨んでいる事について、こちらが謝罪するようにと言っている。それは、自分に非が無いか、落ち度は無いか、相手の側に立って考える態度だ。肉の性質は、何か争い事が起きると、自分を正当化し、相手のせいにしたい。相手から謝って来るならまだしも、こちらから謝るなどとんでもない事だ。

しかし、そうしている限り、自分の恨みつらみ、怒りはどうにもならない。自分の方にも非があるなら、こちらから謝れば、平安が戻り、心は喜びで満たされると。双方でわだかまりがあるなら、必ず解決する事が必要で、最重要だ。今、心に浮かぶぎくしゃくしている関係は無いか。自分の方から行動を起こそう。大きな祝福を経験する。
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自分ではなく相手の思い、相手の感情はどうかを問いながら、その問題を見ていく事が御心と教えられる。人との関係が崩れる時に、神様との関係もへだたりができてしまう。和解へと祈ろう。