2016年10月29日(土)

「・・イエスご自身が近づいて、彼らとともに道を歩いておられた」 ルカ24:15 


エマオ途上の二人の弟子tたち、郷里に向かっていたが、どんな心
持ちだったろう。「暗い顔つき」とあり、心は暗く、沈み、喜びも
平安も無く、足も重く、失望と落胆にあったろう。主に「望みをか
けていた」がだめだったとの、絶望的な、空虚な心だったろう。

現実には、死が打ち破られ、主の復活が起きて、罪も死も勝利に飲
まれ、素晴らしい主の栄光が光輝いている。何という勝利で喜びだ
ろう。それが実際なのに、彼らは絶望し、落胆し、空虚な暗闇の中
にいた。私達の姿だろうか。よみがえりの勝利の主が、私達のかた
わらにおられるというのに、失望、思い煩い、不安の不信仰の中に
いるだろうか。

「目がさえぎられていて、イエスだとわからない」、それは御言葉
を信じない、不信仰によることだと言われた。主のよみがえりを信
じない、その目には、主が見えない。しかし、主はその弟子たちを
助け、引き上げようと、かたわらにおられ、私たちにも同様に、か
たわらにおられる。

そのために、主は、御言葉を説き明かされた。二人が、その御言葉
に耳を傾けた時、暗い、沈んだ心が「うちに燃えた」。落胆や思い
煩いにある時、御言葉に耳を傾ける事が大切だ。御言葉から信仰が
湧き上がる。振り返る時どうだろう。何度もダウンしたが、主が語
られる御言葉によって、もう一度息を吹き返した。ダウンした弟子
たちに主の方から近づかれた。その御声に耳を傾けよう。

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失望落胆し、落ち込んでいる弟子たちに、主の方から近づいて下さ
る。何をされるのかと思うと、御言葉を語られた。その御言葉で、
弟子たちの心は、生き生きとし、喜びと力が湧いた。私たちにも今、
主がかたわらにおられる。御声にしっかり耳を傾けよう。