2017年09月28日(木) 「信仰がためされると忍耐が生じるということを、あなたがたは知っているからです」ヤコブ1:3
「信仰がためされると忍耐が生じるということを、あなたがたは知っているからです」ヤコブ1:3
私たちの願いやビジョンがあり、それが主の御心であっても、すぐ にスムーズには成就しない事を経験する。幾つもの試練を通りなが ら、信仰を試され、御心が実現して行くという事を学ばせられる。 御心を間違ったのではなく、成就するまでに、苦しみを通ると、主 は言われる。 御心を行なうなら、必ず物事がスムーズに、順風満帆に行くと思っ ていないだろうか。それで、御心に前進する時、そこで悩みや苦し みに出くわすと、これは御心を間違ったのかと怪しみ、悩む。しか し、そうではなく、成就に至までにも試練があるということだ。主 の約束は、「試し」となって私たちに臨む。 それによって、私たちの心に潜んでいて、普段は現れることもなく、 気づかない「不信仰」を見せられる。そして信仰へと導かれる。 「向こう岸へ渡ろう」と御心を示された弟子たちだったが、途上で 大嵐の試練が来た。不信仰を主にさとされ、みわざを見せられた。 霊に憑かれた息子の父親が、主に「もし、おできになるものなら・ ・助けて下さい」と言った。主は「できるものなら、と言うのか、 信じる者にはどんなことでもできる」と言われ、父親は「信じます。 不信仰な私をお助け下さい」と叫んだ。不信仰な私を助けて下さい と頼った時に、息子はいやされた。 ヨセフは約束与えられながら、異国の地へと売られ、幾多の厳しい 試練を通った。患難が忍耐を生み、忍耐が練られた品性を生み、 ヨセフは造り変えられ、整えられて行った。主は私たちを訓練され、 信仰を成長させて下さる。そして御言葉を成就される。その時、神 の栄光が素晴らしく現れる。 ----------------- 大きな試練から、日々の些細なストレスまで様々に信仰が試されて いる。その度に主へと信仰の根を伸ばしていこう。いかなる試練に も主が共にいてくださる。何と幸いだろう。