2022年07月29日(金)

「わたしは彼らを贖おうとするが、彼らはわたしにまやかしを言う」 ホセア7:13



イスラエルの民は、主に向かって心から叫ぶことをせず、ただ、床
の上で泣きわめいていると。主は、どんな中も民を愛し、見守り続
けておられるにかかわらず、民は主に向かわない。そして自分に都
合の良い時だけ、利得を求めて、主に近づいた。

「彼らは、穀物と新しいぶどう酒のためには集まって来るが、わた
しからは離れ去る」。主には関心がなく、主を利用してでも、穀物
や新しいぶどう酒が欲しい。自らの欲を満たしたい。しかし主は、
何よりも愛する民の心を求めておられ、主に向かい、主を知ること
を求めておられる。

「わたしは誠実を喜ぶが、いけにえは喜ばない。全焼のいけにえよ
り、むしろ神を知ることを喜ぶ」と。私たちはどうだろう。何か困
難が起きた時、主に向かうのでなく、自分の力で、何とかしようと
してしまう。頭は素早く巡り、あれやこれやと人間的な方法を画策
する。

人に相談したり、様々な機関を回ったり、動き回り、あらゆる方法
をやってみる。だが、主に向かうこと、主に叫び求めることは回避
する。まさに主が求めておられる事、必要な事は、主に叫び求める
ことだ。「わたしからは離れ去る」とあり、主以外のものは、何や
かや求めるのに、主には求めない。

私たちはどうだろう。主に向いて、主に求めることをせず、ただ床
の上で泣きわめき、自己憐憫に陥っているだろうか。主は、何より
も主に向かい、主を知ることを喜ばれる。主に向き、主と交わろ
う。
主に心の内を語り、主の御声に耳を傾けよう。御霊の喜びが来る。
------------
主に祈りながらも具体的には自分が動いてしまうからいつまでも思
い煩いは消えないのではないだろうか。主ご自身に向き、主ご自身
を求める生活をしよう。主が応えてくださる。