2024年04月28日(日)

「先生。私たちは夜通し働きましたが、何一つとれませんでした。 でもおことばどおり、網をおろしてみましょう。」ルカ5:5



プロのベテラン漁師であるペテロが、一晩中漁をして、一匹の魚も
とれなかった。漁の事なら何でもわかる。だが、何がどうなったの
か、こんな日は引き揚げるしかない。徹夜で身体もクタクタだった
ろう。漁獲無く、疲労は倍増だった事だろう。網を洗っていた。

そこに主が、舟を少し出すよう言われ、先生の言う事なので従うと、
その後「深みに漕ぎ出して、網をおろして魚をとれ」と言われた。
その時、様々な思いが巡っただろう。徹夜をしてだめだった。常識
と経験値では、こんな時間帯に魚はいない。有り得ない。又、徒労
に終わる。ヘトヘトで家に帰って早く休みたい・・。

しかし、ペテロは、直前に主に頼まれ、少し出した舟の中で、主の
言葉を聞いていた。御言葉を聞いた事は大きかっただろうか。「でも、
おことばどおりに」と主に従い、網を下ろした。「そして、そのと
おりにすると」驚くばかりの大漁であった。奇跡だった。

私たちは、「諦め」についてはどうだろう。夜通し労して魚はいな
かった。今まで何度やってもだめだった。今度もだめだろう。あの
事、この事、思い浮かぶだろうか。しかし主は、諦めないで「網を
おろして魚をとれ」と言われる。救霊に関してはどうだろう。今ま
で、何度証しをしても、トラクトを配っても、ずっとだめだった。

しかし「網をおろして魚をとれ」と。主は励ましておられる。又、
主は「深みに漕ぎ出せ」と言われる。浅瀬にいるままで、言い訳し
ているだろうか。又、岸をうろうろしたままで、ごまかしているだ
ろうか。主から「深みに」とチャレンジされているだろうか。一段
階づつ成長が与えられている。

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ペテロが舟の中で、主の言葉を聞いていた事が、影響大で。従えた
だろうか。よく経験する。御言葉が心にある時は、全然違う。御言
葉によって動かされて行き、従う力が臨んで来る。日々に御言葉を
求めて歩みたい。