2025年09月28日(日)

「神は真実な方ですから、あなたがたを耐えることのできな いような試練に会わせるようなことはなさいません。むしろ、 耐えることのできるように、試練とともに、脱出の道も備えて くださいます」Tコリント10:13


ある夫婦が親を自宅介護していた。親の強い願いであり、
祈り、受け止める決心をした。段々、認知症も入って来た。
徘徊があり、何度も捜し回った。あれこれが無くなったと、
大騒ぎになり、食後すぐに、食事した事を忘れた。生活に
様々支障が出て、それが厳しくなって行く。現実は決して甘
く無かった。

医師に施設を勧められるが、しかし夫婦で、親の願いを遂げ
るべく、御心を確信していた。毎朝、夫婦で祈った。主に切に
助けを求め、拠りすがる日々だった。こんなに主に頼る事は
初めての経験だった。時には辛くて、涙が溢れた。しかし夫婦
の絆が深められて行き、大きな恵みの時であった。主の御言
葉に支えられ、御言葉の力を身をもって経験した。

「あすのための心配は無用です。あすのことはあすが心配しま
す」とあり、一日づつ、今日一日だけを生きよう、明日は考えな
くともよい。この一日の事だけを考え、なすべき事をしようと夫
婦で話し合い、一日づつを生きて行った。一日だけで良いのだ
と思うと、気持ちが、すうーっと楽になり、心が救われた。

そして目の前の事に集中できた。御言葉が、大きな「脱出の道」
に感じられた。やがて主の時が来て、親は召されたが、最期を
看取ることが出来た。平安に満たされた。主がずっと共にいて
下さった実感に、感謝が溢れた。

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主の御心に従うなら、どんなに不可能に思える事も、遂げられる
事をずっと経験して来た。御心であれば、「人には出来ないが、
神にはどんな事でもできる」ことを見せられる。主を知る時とさ
れて行く。