2026年02月26日(木)

「私はまた、あらゆる労苦とあらゆる仕事の成功を見た。それは 人間同士のねたみにすぎない。これもまた、むなしく、風を 追うようなものだ」伝道4:4



人間の妬みは、誰しもにあり、根深いと言っている。ある人が、
神学生時代に、寝食を共にした親しい友人がいた。悩みを相談
し、苦楽を共にした仲だった。卒業後も、よく交流し、家族ぐ
るみの交わりは楽しかった。そんな中、相手が働きで、大変な
賞賛を受けた。

その時に、心に苦いものを感じた。嫌な思いであり、心辛く、帰
宅するや、主との交わりを持った。心の内を告げて、御霊に照ら
し出されるよう祈った。心を探っていた時、御霊が心の奥に、
「妬み」を示された。それは、初めからあったものだと、気づか
された。以前から何かあると、心にざらつきを感じていた。

しかし相手は親友であり、絶対に認めたくない感情であった。触れ
たくないので、心の引き出しにしまい、封印した。だが薄々感じて
いたものだった。主の御前に、妬みの罪を認め、心から悔い改めた。
その時、平安に満たされて、喜びが臨んだ。

又、逆に、妬まれて苦しんだ人々も多い。理不尽ないじめ、攻撃を
受け、わけがわからず、辛いばかりの中、自分自身も相手への赦せ
ない思いや、愛せない事に悶々となる。そして祈りの中で、相手の
妬みに気づかせられる。それぞれが、主の取り扱いにあずかる。

ある人は赦しを与えられ、ある人は、相手を気の毒に思え、ある人
は少し距離を置くよう導かれ、平安の落とし所へと導かれる。一段
階、成長させられて行く。主に無駄は無く、目的と意図を持たれて
いる。それらをも用いて、主に近づけ、成長させて下さる。
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人との競争の中で生きているから、妬みや嫉妬も際限がなく湧いて
くる。疲れ傷つくとき、御霊を通して教えてくださる主の声を聞こ
う。愛のないざらつく思いの動機を知り、主に導きを祈りたい。