2007年03月27日(火)

「おのれを閉ざす者は自分の欲望のままに求め、すべてのすぐれた知性と仲たがいする」箴言18:1




主は私達を、ある対人関係の中
に置かれる。今、ぎくしゃくし
ている相手があるだろうか。た
またま境遇がそうなり、不運な
のではなく、主がその相手をあ
なたの前に置いておられる。神
に焦点が合って来ると、神の取
り扱いが見えて来る。「鉄は鉄
によってとがれ、人はその友に
よってとがれる」とあるように、
人によってとがれるのだ。性格
や考え方の全く違う相手がいる
から、自分の姿があらわになる。
皆が皆、同じであれば、ぶつか
る事もなく、自分の本性が出る
こともない。自分の出っ張った
部分が、相手と摩擦を起こし、
自我がぶつかり合う。本来の自
分がいかに自己中心で、頑固で、
罪深いかを知る。ある婦人は結
婚して、姑とうまく行かなかっ
た時にいかに、自分も意地悪で
冷淡であるかを知った。私達は
目の前の人を通して、取り扱わ
れ砕かれる。よく来る誘惑が、
そこで自分を閉ざしてしまう事
だ。しかし、自分を閉ざすと成
長が止まる。へりくだりを学ば
されている。傲慢が打ち砕かれ
るためのものだ。主に焦点を当
てて、逃げずに避けずに、心を
閉ざさずに学ぼう。成長の時だ。
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嫌な相手を避けて通っても、必
ずいつか、逃げられない状況に
置かれる。自分のどこを変えよ
うとしておられるのか、その視
点に立たなければいつまでたっ
ても血肉との格闘に終わってし
まう。