2008年06月28日(土)

「あの方は盛んになり、私は衰えなければなりません」ヨハネ3:30

バプテスマのヨハネは、悔い改めを宣べ伝え
ていた。国中の人々が彼のもとへ来て自分の
罪を告白して、バプテスマを受けた。ヨハネ
の素晴らしさは、人々から賞賛を受け、祭り
上げられていたその絶頂にいた時に、自分は、
救い主の靴の紐を解く値打ちもない者だと言
った事だ。人々から誉めそやされ、いい気に
なり、自分を見失ってしまう人は多い。しか
し、ヨハネは謙遜であった。謙遜とは単に腰
を低くする事ではなく、「いえいえ私など
は」と下座に着く事でもなく、「私は無能者
で」と言う事でもない。ヨハネから学ぶに、
謙遜とは自分の分をわきまえる事だ。高慢と
は分を越えること、「自分の領域を守らず、
自分のおるべき所を捨て」る事だ。自分の遣
われたそれぞれの場で、自分の分をわきまえ
る事は大切だ。ヨハネは自分への注目と人気
が、主イエスに移り始めた時、立派だった。
退くべき時をしっかりわきまえていた。自分
は主のしもべであり、主が崇められる事を喜
んだ。私たちはそれぞれ、天から与えられて
いる自分の分があり、役割がある。ヨハネは
花婿なる主と、花嫁である人々が出会うため
の、花婿の友人の役割に徹した。あなたはど
うだろう。あなたの遣わされた場で、あなた
の分と役割、あなたの使命を見失わないよう
に。自らの分に徹しよう。その時、最大限に
用いられ、主のみわざが成し遂げられて行く。
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分をしっかりわきまえる事によって、分に応
じた自分の位置がわかり、なすべき事がはっ
きりと見えて来る。自分に与えられた位置で、
喜びと平安もって、神からの使命を精一杯果
たして行ける。