2026年04月01日(水)

「主の使いは、・・『あなたはどこから来て、どこへ行くのか。』 と尋ねた。彼女は答えた。『私の女主人サライのところから逃げ ているところです。』」創世16:8



サライは、子どもができない中、夫アブラムの子を、奴隷により
得ようとした。当時の風習であり、肉には良い策だと思えた。ア
ブラムも、サライによる提案という事で受け入れた。しかしハガル
に子どもができた時に、ハガルは奴隷ながら、優越感でサライを
見下げるようになった。

肉で事を行なうと、必ず問題と秩序の乱れ、混乱を引き起こす。
肉の手で何かを得たとしても、正しく所有する事ができない。自分
を見下すハガルに、サライは怒り、いじめで報復した。ハガルはそ
の仕打ちが、余りにも辛くて荒野に逃げた。しかし御使いが現われ、
サライのもとへ帰り、へりくだって仕えるようにと。

そして主により、子孫が大いに増やされる事を告げた。ハガルとイ
シマエルにすれば、自らの意志の及ばない事であり、自分で選んだ
道ではない。ハガルは奴隷であり、どうにもできず、これは彼らの
責任ではない。しかし、状況に対して責任はないが、それに向かう
態度と行動は自らの責任となる。主は彼らを顧みられた。

サライのこの事による教訓は、肉の考え、判断、決定は必ず問題が
生じ、悩みを引き起こす事だ。人間的に最善と思える方法が、必ず
しも御心なのではない。又、親しい人からの、御霊によらない肉の
助言が罠となった。そこから大きく道がそれる事がある。聞くべき
は、まず主であり、判断と決定の際には必ず主を仰ぎ、主によく祈
り、導きを求めよう。
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いかに自分の最善が主の導きに勝っている事か。祈っていても肉の
手でつかみ取ってしまう。そこでまた争いが起きる。主に祈り、御
言葉に照らして、よく悟れるように主に助けを求めよう。