2011年05月10日(火)

「あなたの道を主にゆだねよ。主に信頼せよ。主が成し遂げてくださる」詩編37:5  



ある人が、祈りに祈り、導きを確信して、神学校に入学した。経済的必要は、主が必ず与えて下さると確信しての、入学だった。最初は貯えで間に合っていたが、様々な思いもよらぬ不意の入り用があり、途中で、貯えが尽きてしまった。次の学年に進級する時に、とうとう授業料も払えなくなった。やむを得ずの退学になってしまう。必要のために必死に祈り続けた。祈ったが与えられず、奨学金の道も開かれなかった。

「導きを信じて、遠くから来たのに、なぜ?与えて下さい」と、尚も祈ったが、与えられなかった。祈りに祈った結果なので、これが神の御心と受け止め、引き揚げようと思った。もう何のすべもなく、自分自身も将来も明け渡して、今後の事も主に委ねた。すると、それまで不安や、いら立ちや様々な思いでいっぱいだったが、その時、心がすうっーと、なぎになり、平安になった。そして、そのすぐ後だった。自分宛に無名の献金が届いている事を知らされた。

授業料と生活費に必要な額だった。その事を通して、その人は教えられた。祈る事は祈るのだが、自分の力で、御心を行なおうとしていた。委ねる意味も頭でしか、わかってはいなかった。窮地の取り扱いを通して、初めて委ねることの意味、実際を知った。今、あなたにも委ねる事を教えて下さっているだろうか。
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窮地の場で祈っていても、ただ思い通りに自分を守ろうと祈っているのかもしれない。神様は気づかせて下さる。自分の方法や策を捨て明け渡し、へりくだり、お任せしよう。主が成し遂げてくださる。