2015年12月11日(金)

「それによって、私たちは、自分が真理に属するものであることを知り、そして、神の御前に心を安らかにされるのです」Tヨハネ3:19  




信仰生活の中で、主に、力強く祈り求める必要が起きて来る。その
時に、大胆に確信を持って祈ろうとするなら、普段から「神の命令
を守り、神に喜ばれることを行っている」必要がある。すなわち、
世の富を持ちながら、兄弟が困っているのを見ても、あわれみの心
を閉ざすなら、自分が困った時にとがめなく大胆に御前に出ること
ができない。

ことばや口先だけでなく、行ないと真実をもって愛して行く歩みが
大切だと。困っている人々のことを助け、思いやるようにと。その
時、心が平安にされる。「寄るべのない者の叫びに耳を閉じる者は、
自分が呼ぶときに答えられない」。人の苦しみには耳を閉じ、自分
が困っている時には求めるのは、自らの心に責められ、御霊によっ
て大胆に祈る事が出来ない。

心にとがめがあるなら、それが妨げとなり、どれだけ祈っても無駄
だ。祈りが妨げられないために、いつも大胆に御前に出られるよう
に、普段の生活で御霊に示される事、御霊の導きに、従順に従うこ
とが大切だ。一つ一つ御霊に従う生活は、とがめ無く祈れ、求める
ものは何でも神からいただくことができると。

つまり、答えられる祈りの秘訣は、普段、一つ一つ御霊の示しに従
っていることだ。目の前の示しを無視せず、なおざりにせず、従お
う。その時、力ある祈りができ、その祈りは答えられる。 
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自分の心に責められなければ、大胆に神の御前に出ることができ、
また求めるものは、何でもいただくことができると約束されている。
確信ある祈りを妨げるものは、自分のどの部分だろう。