2017年05月11日(木)

「私たちにではなく、主よ、私たちにではなく、あなたの恵みとまことのために、栄光を、ただあなたの御名にのみ帰してください」詩篇115:1


ある人が、主がどんなに素晴らしいお方かを、職場で何とか証しし
たいと願った。心に願いはあるのに、いざ職場に出ると、どうして
も出来ない。勇気が無くて話せない。クリスチャンだと表明する事
を恐れる自分がいる。又、何から、どう話していいかがわからない。

毎日そうしたいと願うのだが、出来ないまま、ずるずると日が過ぎ
た。思いはあるのに、勇気が無く、段々、人と話すのを避けてしま
っている自分に気づいた。主がこんなに愛して下さっているのに、
申し訳ない。心、悶々状態となり、祈ろうと、主の御前に出た。
あるがままを主に告げて「ごめんなさい、どうしても出来ません、
助けて下さい」と祈った。

そして、祈り続けていた数日後、突然、職場の上の人が「○○さん
はクリスチャンなの?」と話しかけて来た。びっくりして、聖書、
教会の事、自分の信仰の事を色々話せて、近くにいた同僚も一緒に
加わって来て、証しが出来たのだった。翌日には、わかりやすく書
かれたトラクトも渡せた。祈りが答えられた。そして自分でなく、
まさに主が働かれた事がわかり、感謝が溢れた。

自分には出来ない、無力の中にこそ、働かれる主に触れ、喜びで一
杯になった。御名を崇めた。もし自分の力で出来たなら、表面上は
へりくだっても、内心自分を誇ったに違いない。しかし、心底「役
に立たないしもべです」と認める事ができて、喜んで主にのみ栄光
を帰し、神の御名をたたえる事ができた。主に拠り頼む時に初めて、
主に栄光を帰して行く。無力こそが幸いだ。
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できない、無力と、主に拠り頼むところに主は恵みと栄光を見せら
れる。謙遜にさせられるとは何と祝福だろう。主の恵みが見えてい
るだろうか。主がしてくださったことを感謝して力強く証ししよう。