2018年06月10日(日)

「バビロンに70年の満ちるころ、わたしいはあなたがたを顧み、あ なたがたにわたしの幸いな約束を果たして、あなたがたをこの所に 帰らせる」エレミヤ29:10



バビロン捕囚は、ユダヤ民族にとっては、国を追われ、捕らわれの
身となって行く事であり、その事態だけを見るなら、絶望であって、
真っ暗闇であった。国を追われ、どんなに悲惨な事であったろう。
艱難、苦渋、混乱であった。しかし、結果的に見れば、それは「平
安」と「将来」と「希望」であった。

なぜなら、ユダヤの民は、捕囚の苦難により悔い改めて、神に立ち
返れたからだ。厳しく苦しい試みであったが、信仰を回復する事が
できた。エレミヤの預言通り、70年後にエルサレムに帰還する事に
なる。

神の大きな奇跡が成し遂げられる。「あなたがたのために立ててい
る計画」、バビロン捕囚は不運でなく、人間的なものでなく、神に
よる計画だと言われる。それも見えるところは絶望と暗黒にかかわ
らず、将来と平安と希望のための計画だと。縦糸と横糸が織りなさ
れて、綺麗な素晴らしい織物が出来上がるように、神は艱難の中で、
私たちを練り込み、御霊と一つにして行って下さる。

私たちにも、突如の試練が降りかかる。平穏に過ごしている中で、
ある日突然、苦しい状況の中にいる。しかし、信仰人生で起こる出
来事は、偶然でなく不運なのでなく、すべて神の綿密なるご計画だ。
それは「あなたのため」であり、完璧なる神の采配のもとで来たも
のだ。後に、それこそが神の深い愛であった事がわかる。

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苦しみの渦中は、トンネルの中だ。真っ暗で、全く先が見えない。
しんどいばかりで、苦しみが永遠に続くように思える。希望が見え
ない。しかし神の真実なる言葉は、平安と将来と希望のためのもの
と言う。真っ暗闇で、神の言葉が光だ。