2019年10月11日(金)

「苦しみに会ったことは、私にとってしあわせでした。私はそれであなたのおきてを学びました」詩篇119:71



いろんな人々が振り返って、よくあの苦しみがあったからこそ、人
生途上に主に出会えた。あの苦しみが無ければ、出会えてなかった
と言う。あの辛い出来事が無ければ、神を求める必要が無かった。
主に出会っていなかったと思うと。あの悩みがあったから、指針が
欲しくて、神の事はわからないながらも、ずっと教会に通えた。

そしてその中で、主との真の出会いを経験した。よく耳にする話だ。
決して自分から苦しみなど求めないし、求める必要も無い。だが、
人生で試練は必ず襲って来る。これは避けることができない。私た
ち一人一人もどうだろう。救われて今まで、あの苦しみがあったか
ら、主のご真実を知った。

あの悲しみがあったから、主の深い愛を知り、慰めに触れた。必要
が無いと、なかなか主への求めが無い。「苦しい時の神頼み、楽し
い時の神離れ」と言われているが、古い性質はなかなか根深い。順
境の時には、感謝する事もなく、感謝も忘れ、自分で生きて行って
しまう。試練の最中は、ただただ苦しいばかりに思える。

だが、必ず脱出の道がある事、今は見えなくとも、必ず益とされる
事、これがあったから、自分は変えられ、沢山の事を学べたと必ず
後に言える事・・それらを心に、祈りを深めて行こう。詩篇記者は、
苦しみに会ったことは、しあわせだったと証ししている。苦しみは
苦しみで終わるのではない。主のご計画の中だ。
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なぜこんなことがと理解できないけれど主がおられる。じっと腰を
すえて現実を受け止めよう。この試練がなければ知り得なかった
ことが必ずある。悟れるように祈りたい。