2019年11月10日(日) 「心を尽くし、主に拠り頼め。自分の悟りにたよるな」箴言3:5
「心を尽くし、主に拠り頼め。自分の悟りにたよるな」箴言3:5
ある人が仕事で開発プロジェクトを進めていた。だが、なかなかう まく運ばず、試行錯誤の中どうにもならず、暗礁に乗り上げてしま った。もう手立てが無いように思えた。しかしその事業は、主に祈 り、導きを得て、始めた事であった。困惑し、どうしてよいかわか らず、自分の無力に打ちのめされた。どうにもならず、主の御前に 静まり、祈りに持って行った。 行き詰まり、頓挫している現状を、心の思いを何もかも打ち明け、 心を吐き出し、祈った。御言葉を読んでいた時に「あなたがたがわ たしを選んだのではありません。わたしがあなたがたを選び・・実を 結び、実が残るため」の言葉が心に迫り、主が確かにこの仕事に自 分を選び、任命して下さったのだと思えた。 しかし主の御心の仕事ではあったが、「自分が」「自分が」と自分 が前に出て、自分の考えと自分の力に頼り、力尽きた姿が見せられ た。「あなたがたではなく、わたしが」、「自分」ではなく「主」 が、先導して下さっている、そこに平安と安堵が来て、今一度、主 に現仕事と自分自身を明け渡した。 すると不思議な事に、あれほどの重い鉛を抱えていたような不安、 思い煩い、恐れが失せて行った。とにかく、目の前の一つ一つを、 主に委ねつつ、従ってゆけばよいのだと思えた。主が何とかして下 さる。主を信じれた。気持ちがすっかり楽になり、力が湧いて来た。 自分が運転席に座り、主が助手席だったのが、主が運転席、自分が 助手席に交代した。 すると、目の前の一つ一つが導かれて行く事を見せられ、困難はあ るが、心が全く違って平安だった。そして主により成し遂げられた。 何よりこの事を通して、主への信頼が新たにされ、深められた事が 感謝だった。 ・・・・・・・・・・ 信仰人生で、ある時、どうにもならない行き詰まり、瀬戸際を経験 する。目の前は紅海だ。しかしその中で、全くなすすべ無く、ただ ただ主にすがった時に、道が開かれ救われる事を、幾つも経験して 来た。自力でなく、主に拠り頼むことを祈ろう。