2021年06月10日(木)

「何事でも自己中心や虚栄からすることなく、へりくだって、互いに人を自分よりもすぐれた者と思いなさい」ピリピ2:3


ある高齢の男性が、段々足腰が弱り、とうとう車椅子になった。人
の手を借りなければ、移動が難しくなった。礼拝出席も一人では不
可能だ。以前は、助けられる事に抵抗があった。人手を借りたくな
かった。プライドだった。だが信仰者となり、自分自身が変えられ
た。どうすればよいのか、祈りを献げた。するとその時、礼拝出席
のサポートの申し出が来た。祈りの答えと心から感謝した。

主からのものと受け取れた。以前なら拒否反応だったろう。受ける
事は、上下関係の下のように思えていた。そのため惨めに感じた。
プライドが高く、助けを求められない事が弱さであった。しかし今
は、主ご自身からのサポートと受け取れる。そしてその相手に心か
ら感謝でき、御霊の喜びと平安に満ちた。

ある人々にとって、受ける事、人にしてもらう事が難しい。素直に
受けられない。しかし主からのものと、受け入れる時に祝福され、
喜びと平安に満ちる。今、私たちも人の助けを、受け入れる必要が
あるだろうか。それも取り扱いかもしれない。自分に必要な時に、
人からの助けを受け取る事ができるのは、へりくだった人だ。

その人は祝福され、ふさわしい助けが与えられる。御言葉は一方的
にでなく、「互いに」と言っている。「互いに愛し合いなさい」
「互いに従いなさい」「互いに赦し合いなさい」「互いに仕えなさ
い」、受けたり、与えたりしつつ愛し合って行ける。

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する事よりもしてもらう事は難しい。何かをして返さないとと落ち
着けない者だ。ただで受けた主のご愛、赦しを思い、主に助けを求
めるように、素直に人の好意を受けとる事もまた主の取り扱いだ。