2021年10月09日(土)

「イエスを売ったユダは・・後悔シし、銀貨三十枚を、祭司長、律法 学者たちに返して『私は罪を犯した。罪のない人の血を売ったりし て』と言った」マタイ27:2



ペテロもユダも、どちらも主を裏切った。大きな罪を犯してしまっ
た。しかもペテロは三度も主を否み、呪いをかけてまで誓った。ど
ちらも裏切ったのが、最後は大きく違った。ペテロは主の赦しを受
け取り、主の愛により回復させられ、主の昇天後、諸教会のリー
ダーとして大活躍した。

片や、ユダは、主を銀貨30枚で祭司長たちに売り、「罪のない人の
血を売った」と激しく後悔し、彼らのもとへ行き、その30枚の銀貨
を返したが、「私たちの知ったことか。自分で始末することだ」と
はねつけられ、首をつって死んでしまった。ペテロとユダは何と違
ってしまった事だろう。

ペテロは裏切った時に、主に向き、主の言葉に向いた。その時、主
の言葉に思い当たり、大号泣した。マリヤから主のご遺体が無いと
の知らせに、走って墓まで行った。ガリヤラへ行くようにとの主の
指示に、主に合わせる顔もない中、しかしガリラヤへ行った。

ユダは後悔した時に、主のもとへ行かずに、律法学者のもとへ行っ
た。主を求めず、主に頼らず、自分で決着をつけてしまった。「自
分で始末することだ」これは悪魔の攻撃で誘惑だ。どこまでも主に
頼らせない。私たちにも来る。自分で何とかしなければ・・。失敗し
てしまった時に、自分で、自分の力で・・。

その時、担いきれない重荷に押しつぶされてしまう。絶望感に襲わ
れる。そうでなく「わたしのところに来なさい」と絶えず招いて下
さっている主もとへ、失敗したからこそ行こう。罪の赦しがあり、
回復があり、解決がある。平安へと導かれる。

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信仰人生で、必ず失敗してしまう。したくはないが、人間なのでミ
スも過失も犯してしまう。その時に「自分で始末することだ」が悪
魔の攻撃で誘惑だ。主のもとへ行かせず、自分で片をつけるように
と。すぐに主のもとへ行こう。赦しと次の導きが与えられる。