2022年11月10日(木)

「世をも、世にあるものをも、愛してはなりません。もしだれでも 世を愛しているなら、その人のうちに御父を愛する愛はありません」 Tヨハネ2:15



主がソドムとゴモラを滅ぼされる時に、御使いを遣わし、ロトと家
族を救い出そうとされた。アブラハムの執り成しの祈りがあったか
らだ。時間が無いから、一刻も早く逃げるようにと。しかしロトの
娘婿は、滅びるなどと冗談だと思い、ロトの言葉を信じなかった。

御使いは、猶予が無いので、妻と二人の娘、家族4人で逃げるよう
に。「命がけで逃げよ。うしろを振り返ってはいけない」と。逃げ
る途中で、町に天から硫黄の火が降り、一瞬に滅ぼされてしまっ
た。そして「うしろを振り返るな」と強く警告されていたのに、ロ
トの妻は振り返った。家、財産、宝、人・・この世に執着し、彼女
は塩の柱になってしまった。

後ろのものにしがみつく時、前進ができない。後ろのもの、世のも
のに心が囚われているだろうか。世のものを握りしめ、足が引っ張
られているだろうか。「すべて世にあるもの・・肉の欲、目の欲、
暮らし向きの自慢などは、御父から出たものではなく、この世から
出たものだからです」。ロトの妻は、世にあるものを愛し、この世
に執着していたが、自分自身も、どうだろう。

肉の欲、目の欲、暮らし向きの自慢・・霊的に一歩前進するため
に、握りしめて放せないものに足を引っ張られているだろうか。前
進するために、妨げているものは何だろう。自分で気づかずにいる
か、うすうす気づいているかも知れない。御霊に心を探っていただ
こう。成長へと導いて下さる。
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握りしめているものに支配されてしまう。普段の生活の中ではなか
なか気づけず、あれもこれもと握っている。みな捧げまつり、我が
ものはなしと主の御声を聞けばすぐに立ち上がれる者になりたい。