2024年07月11日(木) 「・・健全な教えに耳を貸そうとせず、自分につごうの良いことを 言ってもらうために、気ままな願いをもって、次々に教師たちを 自分たちのために寄せ集め」Uテモテ4:3
「・・健全な教えに耳を貸そうとせず、自分につごうの良いことを 言ってもらうために、気ままな願いをもって、次々に教師たちを 自分たちのために寄せ集め」Uテモテ4:3
人は誰しも、自分の聞きたい言葉を聞いていると、言われるが、信 仰者も、時に陥ってしまう。どうしても、何があっても、手に入れ たいという強烈な願望がある時、その願望しか見えなくなってしま う。すると、その願望に合致した御言葉を取ってしまい、無意識 に、願望に合致しない御言葉はシャットアウトしてしまう。 願望に合わず、あってはならないからだ。それを意識的にするな ら、むしろ罪であり気づくが、無意識なので、気づかない。無意識 というところが要注意で、意識していれば、それは間違っているの で、とがめがあり出来ない。信仰人生が長くなると、振り返って、 思い当たるかもしれない。あの時の、この時の事、御言葉を自分で 取ってしまっていた。 しかし失敗を通して、訓練され、学ばせられる。後の、大きな失敗 から守られることになる。そのため、正しく御心に導かれるため に、「あなたの道を主にゆだねよ。主に信頼せよ。主が成し遂げて くださる」とある。まず、右でも左でも御心のままでOKですと、主 にゆだねることが大切だ。 自分の願望も一旦明け渡して、御心のままでOKですと、祈って行く 時に、御心の道へと導いて下さる。願望が強いと、どうしてもこう でなければとの強い思いがあるので、明け渡せない。そこを認め て、明け渡せるように助けを求めて祈ろう。なぜなら主の御心の道 が最善であり、決して後悔の無い道だから。 ------------- 強い願望が主の御声を簡単に無視させている。認めていたい。こん なことは無理だ、出来ないと思うと流していく御言葉もある。御心 を歩みたい。主に明け渡せるよう祈ろう。