2009年02月08日(日)

「イエスは、ご自分では、しようとしていることを知っておられたからである」ヨハネ6:6

ある人が、最近物見えにくいと感じていたが、たいして気にしていなかった中、
コンタクトを落としてしまった。
懸命に探すが見つからない。どんどん焦りが来て、尚も必死に探すが、どこにも
無い。
「神様・・」と見つけ出せるように祈りつつ探すがどうしても無い。「すべての
事について感謝しなさい」と言われるので、この事も感謝しますと祈る。

その時、起こる出来事一つ一つに、何かの神のご計画がある事に思いが至った。
失った事も御心の内、主権の中、これだけ探して無いのだから、探す事はもう御
心でないと思えた。

それで、探すのを止めて、次の選択肢に進み、眼鏡店に行った。新しいレンズを
処方してもらう中、片方のレンズを見せるように言われた。
それで見せると、レンズが老朽化しひどく傷んでいた。それが原因で、見えにく
くなっていたことがわかった。

危うく目を傷めるところで、感謝なことだった。同様に、私たちにとって、マイ
ナスの出来事「どうしてこんな事が?」のその中に、神のご計画があり、御心が
ある。だからこそ、すべての事について感謝できる。

祈っても祈っても、事態が、状況が全く変わらない時は、何か別のご計画では?
と別の方向からも考えてみよう。
又、ああして下さい、こうして下さいと願うが、何一つ動かない時には「この事
の中で、主が教えて下さりたい事は何ですか?」に祈りを変えよう。その祈りに
は必ず答えられる。
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自分を中心に考えるので、ああして欲しい、こうして欲しいと自分の欲望、自分
の願望ばかり偏ってしまう。一つ間違うと、自分のために神を利用する事になる。
視点を変えて、神は、私に何を願っておられるのか、そこに立つと見えて来るも
のがある。