2025年08月09日(土)

「というのは、あなたがたは、ヨハネが義の道を持って来 たのに、彼を信じなかった。しかし、取税人や遊女たちは 彼を信じたからです」マタイ21:32



主は、二人の兄弟のたとえ話をされた。父親に「ぶどう園
に行き、働け」と言われ、兄は「行きます」と言った。が、行
かなかった。弟は「行きたくない」と断ったが、後で悪かった
と思い、行った。「どちらが父の願い通りにしたか」と祭司長
や律法学者たちに問われた。

彼らは「後の者です」と答えた。主を拒否している彼らだが、
そのように答えた。すると主は、弟息子は、取税人や遊女
のようだと言われた。彼らは律法に背いて、罪を犯してい
たが、ヨハネの悔い改めの教えを聞き、ヨハネがメシアだと
指し示した、主を受け入れた。

逆に、行くと言ったが、実際は行かなかった兄息子は、表
向きは道徳的、品行方正で、立派な人々に見える。が、ヨ
ハネを拒み、彼の教えも拒み、主を認めず、受け入れない、
彼らの姿であると言われた。私たちもどうだろう。主を信じ、
年数経ると、外側、信仰者的な立派な振る舞いになる。が、
主を拒み、入って欲しくない心の部屋、主を認めない心の
領域があるだろうか。

主に従う事の妨げになっているだろうか。自分の思いが、
自分が中心で、王座を占めているだろうか。そうであれば、
主が見えなくなってしまう。主に入られたくない心の部屋は
どうだろう。御霊に心を探って頂こう。一つ一つと主の領域
が広がり、喜びが増し加えられて行く。