2026年04月07日(火) 「パウロがこの幻を見たとき、私たちはただちにマケドニヤへ 出かけることにした。神が私たちを招いて、彼らに福音を宣べ させるのだ、と確信したからである」使徒16:10
「パウロがこの幻を見たとき、私たちはただちにマケドニヤへ 出かけることにした。神が私たちを招いて、彼らに福音を宣べ させるのだ、と確信したからである」使徒16:10
私たちが主の導きを求める時、「環境」をよく見て行く事は重要だ。 パウロが二度も環境により、行く手を阻まれた。「アジアでみこと ばを語る事を禁じられたので・・」ビテニヤに行こうとしたが、スト ップがかかったので、トロアスに下った。東から来て、南も北も閉 じられたので、西に向かう事になった。 主のご計画が、ヨーロッパ宣教にあったからだった。環境を閉じな がら、御心の方向へと導かれた。もし御霊の阻止がなければ、御心 と違った方向へ向かっていただろう。私たちにも主のプランがあり、 行く手にストップがかかる。自分にはプランがあるが、しかしどう しても門が開かれず、状況が整わないなら、それは主のストップだ。 入試類が不合格なら、主の御心は別の道だ。「ノー」という答えだ。 しばしば私たちは、ストップがかかると、導きを失ったように感じ、 道に迷ったような不安、心細さを覚える。しかしそうでなく、そこ が御心ではないという「導き」だ。次の導きを祈って、「待て」ば よい。 パウロたちは、あちこち閉じられ、トロアスに導かれた。そこで幻 により、マケドニヤへの導きを確信した。御心の門は、目の前で、 ひとりでに開いて行く。主が開かれるからだ。自分でこじ開けて進 むのではない。必ず目の前で開かれて行く。御言葉、祈りによる平 安と共に、状況をよく見ていよう。 --------------- ふり返ってみると、あの時、この時の閉ざされた意味が、今はわか る。今、閉ざされたように思えても、そこに主のご計画がある事を 信じ、明日を神様に委ねて祈っていよう。