2002年02月07日(木)

「私の身に起こったことがかえって福音を前進させえることになった」(ピリピ1:12)

パウロは逆鏡がチャンスになる
と見ていた。パウロとシラスは
ピリピの牢獄で無実の罪で捕ら
えられた上、むち打たれ、足か
せをはめられた。そんな中で、
彼らは祈りと賛美をささげた。
その信仰と従順が、看守一家を
救いに導いた。米国の野球のス
タープレイヤーに、癌が発覚し
た。腕の癌を治療し、プレーを
続けていたが、腕が折れてしま
った。医師は命を救うために、
腕を切除した。献身したクリス
チャンであった彼は、自己憐憫
にならなかった。「自己憐憫は
感じません。神様、なぜですか、
でなく、あなたの私へのご計画
は何ですかと問いました。そし
て、これは多くの人々に福音を
伝えるための機会だと理解して
います」彼の語る信仰は、まさ
に生きた証しなので、人々は
真剣に耳を傾けた。あなたは
自己憐憫か、それとも神の機会
か。