2017年08月10日(木)

「互いの栄誉は受けても、唯一の神からの栄誉を求めないあなたがたは、どうして信じることができますか」ヨハネ5:44


他人との比較の中に生きると、絶えず劣等感と優越感の間を行った
り来たりする。人と比べるとだいたい劣等感に陥るので、そのため
優越感に浸りたい。それで人を裁く事によって、自分を正当化しよ
うとする。自分は正しいとの位置に立ちたい。

そんな私たちに「あなたは、どこにいるのか」と主は問うておられ
る。かつてエデンの園で、エバはサタンの誘惑が来た時、惑わされ
て、罪の方を選んだ。取って食べるな、必ず死ぬと言われた、善悪
を知る木の実を食べ、夫にも与えた。夫も食べた。その結果、神と
の関係がしゃ断されてしまった。そのため神を恐れ、隠れた。

だが、神の方から御声をかけられた。「あなたはどこにいるのか」、
場所の問題ではない。神はどこに隠れているかご存じだ。神との関
係の問題だ。アダムとエバに罪が入った結果、神と正しい関係でな
くなってしまった。私たちも自分と神の間に、人が入る時、正しい
関係でなくなってしまう。

人が偶像になってしまい、人の目にどう映るか、人からどう思われ
るか、好かれたい、認められたい、評価されたいとの思いで、いっ
ぱいになる。罪により、神との愛の関係が失せ、人からの愛を求め
るようになったからだ。しかしそこに平安も喜びも無い。今、どこ
にいるだろうか。人からの誉れを求め、人との比較にいる自分に気
づく時、そのまま主のもとへ行き、言い表そう。導いて下さる。
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認めたくはないが、目の前の人の評価が欲しい者だと気づくことが
大切だ。強く影響力されていると。比較の世界に迷い込まないよう、
霊の目がはっきりと見え、どこにいるのか気づけるように祈りたい。