2019年06月09日(日)

「ヤコブはひとりだけ、あとに残った。すると、ある人が夜明けま で彼と格闘した」創世記32:24



ヤコブはずっと神と取引き関係だった。神に祈るのだが、自分の利
得のために神を利用していた。兄エサウをだまして、祝福の権を奪
い取り、激怒する兄のもとにおれず、家を出なければならなくなっ
たヤコブ。伯父の家に向かう途中、野宿した時に主が現れる。主が
共におり、守り、この地に連れ帰ると。

そんな主に、ヤコブは、無事に父の家に帰れて、主が私の神となっ
てくれるので、十分の一をささげると。ギブアンドテイクの関係だ
った。心が神にあったわけではなかった。これまでもずる賢く、策
略を用いて、この世を渡って来た。伯父ラバンの家で、20年の歳月、
苦しい試練に会う中、とうとう神の時が来て、帰郷するように主か
ら示され、伯父の家を出た。

帰郷にあたって、だました兄エサウが恐怖でならなかった。激怒し
ていた兄に、家族皆殺しにされるのではないか。あらゆる策を尽く
すが、どうやっても兄への恐怖は、どうにもならなかった。しもべ
や家族を先に行かせて、ヤコブは一人一番後ろに残った。心を神に
向けた時、自分を祝福してくれるまで放さないと神にしがみついた。

その時、もものつがいがはずれた。ヤコブは砕かれたのだった。固
い〃強固な自我が砕かれた。自分の思いと自分の意志、自分の力が
強いヤコブは、これまでは神を利用して来ただけだった。そのヤコ
ブが180度変えられた。
列の最後尾で恐怖で怯えていたのが、先頭に立って行き、エサウと
和解できた。自分にどうにも出来ない状況こそが幸いだ。主の取り
扱いにあずかれる。

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ヤコブはエサウへの恐怖が、どんなに画策し、周到に準備してもど
うにもならなかった。その絶体絶命の中で、真に主に出会った。主
は私たちも取り扱われる。自力で、何もどうにも出来ない時こそが
大きな恵みの時だ。主に深く出会える時だ。