2022年02月07日(月)

「わたしの思いは、あなたがたの思いと異なり、わたしの道は、あ なたがたの道と異なるからだ」イザヤ55:8



信仰生活を歩み始めると、信仰人生、自分の思い通りにはならな
い、
という事がわかってくる。神の思いと自分の思いが違うのだ。自分
の思いとしては、これが最善!と思うのだが、そのように事は運ば
ない。神の思いは違う。そして振り返る時、自分の思い通りになら
なくて良かった!と必ず思う。あのまま進んでいたなら恐るべき高
慢に陥っていたと。

だが、現実問題、目の前の事が思い通りにならないと、焦りや不
安、
落ち込みで一杯になる。主の計画があり、主の方法と主の時がある
事を覚えよう。絶妙のタイミングで、主は事をされる。主の定めた
「時」がある。早くも遅くもない。主の時でなければ、事は動かな
い。微動だにしない。

しかし主の時が来ると、突然、事は動き出す。すうっ〜と動き出
し、
驚くほどだ。人は先が全く見えない。目の前の事しかわからない。
だが主は何もかも見通しておられる。その主を信頼しよう。人は自
己中心というメガネをかけて見るので、歪んで見える。

物事が、自分軸にしか見えないので、最悪に見えるが、ご計画の中
だ。見えるところ、状況も何もかもがぐちゃぐちゃで、刺繍の裏を
見ているようだ。もうだめだと思う。が、実は主の計画が着々と進
行している。

ヤコブは「私も失う時には失うのだ」と言い、息子ヨセフもシメオ
ンもベニヤミンも、失ったかに見えた。しかし実際は何も失ってお
らず、ヨセフと再会、飢饉から一族は命を救われ、家族皆で暮らせ
るという最高の幸せが伏せられていた。良き事にして下さる主を信
じていよう。
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いつも目の前のことに動揺してしまう。今は訳が分からないが、最
善に向かう主のご計画の中にいると、一刻もはやく心の目を主に向
けよう。そう見ていけるよう祈ろう。