2023年11月09日(木) 「御霊によって歩みなさい。そうすれば、決して肉の欲望を満足さ せるようなことはありません。」ガラテヤ5:16
「御霊によって歩みなさい。そうすれば、決して肉の欲望を満足さ せるようなことはありません。」ガラテヤ5:16
主を信じ救われた私たちは、新しい性質が与えられているので、主 に従って行きたいと願う。しかしその時に、古い性質もあるので、 自分の力で主に従おうとする。すると、どうだろう。腹の立つ事態 が生じると「主は柔和なお方」と、怒りを我慢し、抑え込むだろう か。又、思い通りにならない事態が起きて、イライラすると「忍耐 しなければ」と、ひたすら我慢しようとする。 あちらでも、こちらでも、我慢に我慢を重ねる。しかし抑え込んだ ものは、底に溜まって行くので、許容量を越えると、必ず爆発す る。定期的に爆発しては、それまでの証しを台無しにしてしまうだ ろうか。あなたも経験あるだろうか。我慢というのは、単に抑え込 むだけなので、それが溜まるといつか大噴火する。 主に従うとは、内側に抑え込んで我慢する事ではない。それなら、 表面を取り繕うことだ。クリスチャンである事は、フラストレーシ ョンのかたまりになってしまう。そうではなく、欲求不満を底に置 いたまま、歯を食いしばって、ひたすら我慢するのでなく、「我慢 できません」「忍耐できません」「腹が立ちます」と主にありのま まを祈って行くことだ。主に信頼して行く時、主は受け止めて下さ り、力を与えて下さる。 まず、ありのままの自分を主に打ち明けよう。主は愛して、そのま まを受け止めて下さる。その時、不思議に心が平安にされる。そし て御声に耳を傾けよう。主のみ思いを伝えて下さる。その御声に従 おう。出来ないと正直に言い表しているので、御霊が必ず助けて、 働いて下さる。御霊の支配の中に置かれるので、自力でなく御霊に よって歩むことができる。 -------------- 頭でわかっていてもいざ従おうとすると出来ない自分を示される。 肉では出来ないと知ることは感謝だ。出来ませんと主に祈れる。 出来るようにしてくださいと祈ろう。主が備えてくださる。