2025年01月10日(金) 「私のたましいが私のうちに衰え果てたとき、私は主を思い出しま した。私の祈りはあなたに、あなたの聖なる宮に届きました」 ヨナ2:7
「私のたましいが私のうちに衰え果てたとき、私は主を思い出しま した。私の祈りはあなたに、あなたの聖なる宮に届きました」 ヨナ2:7
主は、ヨナにニネベに宣教に行くよう命令を与えられた。しかし敵 の救いは、ヨナの気に入らない。主に従わずに、反対方向タルシシ ュの船に乗り、逃亡した。まさに「肉の願うことは御霊に逆らい、 御霊は肉に逆らう」だ。ヨナの自我が、御霊に逆らう。しかしそん なヨナに、主は尚も変わる事なく愛を注ぎ、見捨てられなかった。 主は大嵐を起こし、船内で、誰のせいかと、くじを引く事になり、 ヨナに当たった。その結果、ヨナは海に投げ込まれる事に。主は 大きな魚を備え、ヨナを飲み込ませ、ヨナの命を守られた。この後、 ヨナはニネベに宣教に行く事になるが、人々が悔い改めると機嫌を 損ねる。これぞ肉、自己中心、わがままだった。 私たちはどうだろう。思い通りにならない事に、文句を言い、すね ているだろうか。ヨナは自分の姿だろうか。自分を明け渡す時に、 御霊に従って生きる事ができる。3日3晩魚の腹にいた。すべてが 神のご計画の内であった。主はヨナを魚の腹に隔離され、そこで一 人きりであった。人からも外界からも、すべてのものから離され、 主の御前に置かれた。 私たちもまた、多忙のため祈る時間、考える時間すら失せると、世 の凄まじい勢いに飲み込まれ、自分を見失ってしまう。主の御声が 飛んでしまう。信仰者にとり、御声を聞くために静まる事がどうし ても不可欠だ。ヨナのごとく強制的隔離の前に、自ら静まって愛の 御声に耳を傾けよう。これが今一番必要な事だろうか。 ----------- 肉体が疲れるように、霊的に弱っている状態に気づくことが必要だ。 主は御霊を通して日々慰めや励まし、導きを与えてくださっている。 静かに耳を澄まそう。御声を聞く時間を守ろう。