2009年05月09日(土)

「すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです」Tテサロニケ5:17

ある母親の経験だ。忙しく慌ただしい朝の準備の時に、子供が宿題をどこに置い
たかわからない。どうしても、今日提出しなければならない。

登校時刻が迫って来る。母親も仕事に出なければならない。幾ら探しても無い。
母親はイライラし、怒りが湧いて来る。いつも前日に準備するように言っている。

「何で、前もってちゃんと準備しないのよ!」腹が立って仕方がない。時間が無
い。その間も時はどんどん過ぎる。子供は泣きべそをかいている。

「すべての事について感謝しなさい」がふっと頭に浮かぶ。この事も感謝なんだ
と思う。しかし、一方では怒りがおさまらない。

子供を責め立てている。感謝だという気持ちと、同時にいら立ちが交錯する。い
よいよタイムリミットとなり、もうギブアップで、「神様!この事態を感謝しま
す!」と信仰を向けた。

すると、子供が「あった!」と叫んだ。思いもかけぬ所に置いていた。真に主を
感じた瞬間だった。一見マイナスの、不都合な出来事の背後に、必ず神の素晴ら
しいご計画がある。

感謝する事は、その事柄に神を認めることであり、それは、その事態を受け入れ
る事であり、信仰を献げることになる。神はその信仰に働かれるから、神のみわ
ざを見て行く。

不信仰はすべての道を閉ざしてしまう。今、目の前に非常事態があれば「感謝で
きませんが、感謝します」と、神を認め、受け入れて行こう。素晴らしいみわざ
を見ることになる。

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神は正直な祈りに答えて下さる。口先だけの感謝でなく、感謝できないなら、ま
ず「感謝できません」と告白しよう。しかし、御言葉は感謝せよと言うので、自
分には出来ないが、感謝を「選択」しますと、信仰を献げよう。