2014年08月08日(金) 「アブラハムは、相続財産として受け取るべき地に出て行けとの召しを受けたとき、これに従い、どこに行くのかを知らないで、出て行きました」ヘブル11:8
「アブラハムは、相続財産として受け取るべき地に出て行けとの召しを受けたとき、これに従い、どこに行くのかを知らないで、出て行きました」ヘブル11:8
アブラハムは「生まれ故郷、父の家を出て、わたしの示す地へ行け」 と神に告げられた。「生まれ故郷、父の家」とは、居心地の良い場 所、長く慣れ親しんだ習慣、生活、自分の居場所、拠り所だ。そこ では安心できて、周囲からの助けもあり、生活の基盤が据えられて いて、安定した場所だ。一つ所にとどまれば、経済的基盤もできる。 つまり、そこにいれば、物心共に特に神に頼らなくても生きて行け る。そこを出るという事は、神のみに拠り頼むという事だ。未知の、 見た事もない地へ出るわけで、何があり、何が起こるかもわからな い。身の危険もあるだろう。持ち物にも頼れず、人も頼りにならず、 自分の知恵も判断も頼れない。ただ神だけが頼りであり、神の言葉 だけが行く道を示し照らす。 ある人が突如、重要なポストへの抜擢を受けた。様々な思いが巡っ た。「自分に出来るのか」「名誉心ではないのか」「人の目がとて も気になる」・・思いをすべて主に打ち明け、御心が成るようにと 祈りに祈った。その時「あなたの父の家を出て、わたしが示す地に 行け」との御声を聞いて、決心できた。 私たちもどうだろう。「故郷を出て」「親族を離れて」、神以外に 依存しているものから離れて、次の領域に進めと言われているだろ うか。単に地理的な事でなく、霊的な領域だ。信仰をもって次の段 階へ進めと。その時、神ご自身があなたの故郷となり、あなたの家 となって下さる。あなたは何に依存しているだろう。 ------------ 信仰に進めたのはいつも神以外に頼るものがないときだった。いつ でも困らないよう自分で備え、待ち構えるのもいいが、主の山の備 えを信じ、神に頼れる平安を経験して行きたい。