2018年01月09日(火)

「彼らはあなたに叫び、彼らは助け出されました。彼らはあなたに信頼し、彼らは恥を見ませんでした」詩篇22:5


ハドソン・テーラーの証しだ。ある時、医師の助手として働いてい
た。その医師は、給料をよく渡し忘れるので、その時は言うように
と告げられた。彼はそれを聞いて考えた。その時には、言わずに祈
り、神から答えを頂きたいと。それを信仰の訓練にしたいと思った。
そしてやはり医師は、忘れた。

彼は祈った。祈って待った。とうとう銀貨1枚になった。そんな時、
非常に貧しい子供が来た。母親が病気だ。しかし銀貨は1枚しか無
い。2つあれば、喜んで1つ上げるが、1つなので上げられなかっ
た。その後祈ると「偽善者」との思いが来る。「祈るより与えるべ
きだ」と。出来ない自分に、神にのみ頼る信仰はないと、非常に惨
めになった。結局その銀貨を上げた。

一文無しになったのだが、心は平安と喜びで満ちた。その日の夕飯
は残り物を食べた。しかし翌朝から何もない。すると朝に郵便が届
いた。封筒を開くと、何と彼が子供に与えた額の数倍が入っていた。
そしてそのお金が無くなった頃、医師が給料の事を思い出してくれ
た。神は真実であり、生きて働いておられる。「正しい者が見捨て
られたり、その子孫が食べ物を請うのを見たことがない」とある。

ツァレハテのやもめは、飢饉の中、餓死する前に子供に最後の食事
をさせてやりたい、その最後の粉をエリヤに献げた。最後のギリギ
リのものを献げた、その時に、飢饉の間中かめの粉は尽きず、つぼ
の油は無くならなかった。真実な主が共におられる。
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差し迫った問題を前に混乱しても出来ることがある。主を呼び叫ぶ
ことだ。主に信頼するなら失望は無い。必ず助け出される。不安は
襲って来るが問題の解決はただ主から来る。祈ろう。