2019年09月08日(日) 「聞いたみことばも、彼らには益になりませんでした。みことばが、 それを聞いた人たちに、信仰によって、結びつけられなかったから です」ヘブル4:2
「聞いたみことばも、彼らには益になりませんでした。みことばが、 それを聞いた人たちに、信仰によって、結びつけられなかったから です」ヘブル4:2
モーセを指導者として、民をエジプトから脱出させた主は、乳と蜜 の流れる地カナン、豊かな地へ導くと約束された。しかしその素晴 らしい約束を何度も聞いても、信仰によって結びつけられなければ、 単なるただの言葉になってしまう。民にとっては、「この聞いたみ ことばも、益になりませんでした」。なんら意味をなさない。主は いのちの言葉を語られる。祝福を約束して下さる。 しかし、信仰によって結びつけられなければ、何の益も無い。せっ かく苦難のエジプトを出たのに、カナンの斥候たちが戻った時に、 不信仰に陥った。主が与えると約束されたのに、強敵に滅ぼされて しまうから上れない、荒野で死んだ方がましだと泣き明かした。そ の民は不信仰ゆえ、約束の地に入れなかった。 主の素晴らしい約束も、信仰を働かせなければ。意味がない。聞き 方に3通りある。1は、ただ物理的に耳で聞くだけだ。情報として のみ聞く。2は、聞き流しでなく、その聞いた事を心に受け入れ、 反すうし、よく思い巡らし考え、悟ることだ。わかったと思えるこ とだ。3は、その聞いた事を、聞くだけでなく、実際に行なうこと だ。実生活で従うことだ。 それが御言葉を聞いた人たちに「信仰によって、結びつけられる」 という事になる。その時に、主が働かれ、大きなみわざを見る事に なる。御言葉が大切な事はわかっているが、聞いて終わりだろうか。 祈りつつよく反すうし、御霊に教えて頂こう。そして示された通り に従おう。その時、必ず大きな益を受ける。 ・・・・・・・・・・・・・ 御言葉を聞く事で、自己満足してしまい、聞く事がすべてで、聞き 流していないだろうか。御言葉をしっかり心にとどめ、その御言葉 を行なって行く時に、主のみわざを見、新たに主を知る事ができる。 そして自分が変えられる。実行する事を祈り、助けて頂こう。